2014年7月8日火曜日

生と死の医療現場で考えさせられたこと 32

自分も“癌”になって

5月に受けた人間ドックで肝細胞がんであることが分かり、肝image切除の手術を受けることになりました。肝臓に異常が見つかり、血液検査や画像検査の精密検査を受けました。覚悟はしていましたが、医師から「がんです」との説明を受けた時は一瞬頭が思考停止のような感覚になって、医師に思わず「先生にお任せします」と言ってしまいました。医師からは,「これはお任せするのでなく、自分で決めることですよ」と言われてしました。そのとき、自分ってまだ成長していないのだなあと気づかされました。

現代の医療は自律的に自分の治療を選択していく時代です。自分の思考が停止したような感覚になったときは、無意識下の過去の文化的なパターナリズムがもたげてきたのではないでしょうか。もともと腎臓が悪く、食養生で苦労していただけに、さらに肝臓も悪くなって、さらに苦しみが増すことに拒否感がありました。苦しみについて考えることからも逃げたい気持ちでした。自分の時間も限られてきたという実感が、常時自分の脳裏にもたげてきました。それでも、告知を受けて数日が経つにしたがって冷静になっていったようです。

image初めは、自分が勤めている病院で手術を受けることを決めていました。その後、周りの人たちや自分の共同体(修道会)の院長からセカンドオピニオンを受けた方がよいと勧められ、その方向を探ってみることになりました。セカンドオピニオン先を探すうちに周りの人から「神さまのお導きですね」という言葉を聞くようになりました。突然10年ぶりに私を訪ねてくださったあるがん患者の方の言葉からも、神が私に何かを語ろうとされているように思いました。

「神さまのお導きですね」を思い起こし意識するうちに、たとえ死が近いことになっても自分の内面が落ち着きを保つことができるように感じられていきました。

「神さまのお導きですね」という言葉は、決して科学的な客観性にもとづく証拠があるものではなく、あくまでも主観的な思いのはずですと思います。聖書が語る、「主はあなたと共におられる」ということです。image

人が生きるということは、何かを絶えず意識することです。意識することで私たちの内面には意識の構造が作られていきます。その構造は一つの建物のようなものです。土台や中心的な柱が頑丈にできあがっていれば、試練や困難を抱えても建物の揺れは少ないということでしょう。

土台や中心的な柱が何になるのかということは人の価値観によって異なってきます。私のがん告知を受けた体験からは、神との関係を体験的に意識できるということ、すなわち「主は私たちと共におられる」という体験的実感が私たちの内面を強固にしていくことになるという体験でした。

兄弟 藤原 昭

2014年4月15日火曜日

生と死の医療現場で考えさせられたこと 31

捨てられた石が隅の親石となる

東北の大震災から3年が過ぎました。現地にも行っていない者が震災の地の問題を語ることに躊躇しますが、医療という生と死の現場で働く者として私なりの思いを語ってみたいと思います。

image突然の自然災害でいのちを奪われた人は、どのような思いで旅立たれたのでしょうか。死者に聞いてみることは不可能なので想像してみることしかできません。神や仏が存在するなら、なぜこんな苦しみを私たちに与えるのかと思われた被災者が少なくなかったのではないでしょうか。犠牲となった方々には、無念の思いを抱いて亡くなった方々が少なくなかったと思われます。「神さま、助けてください」という叫びにかかわらず、神は何もしてくださらなかった、神に捨てられたという思いのもとに亡くなった方もあったかと思います。

震災の犠牲者でないにしても、医療の現場で患者の家族とかかわっていても、捨てられた石のような存在の家族に出会うことがあります。家族のためにひたすら働き続けて定年を迎え、これから自分らいしい生活を取り戻したい、とくに家族と一緒にいることができると思っていた矢先に、末期がんと宣告され、あっという間に亡くなっていく患者があります。また、子供たちがまだ幼小であるのに親が亡くなっていく場面に出会うと、「神さま、何とかならなかったのですか?」とも、私も言いたい気持ちになります。

残された者にも大きな試練が待ち受けています。大切な人を突然亡くした方々の悲しみが簡単に癒されるものではありません。配偶者に旅立たれ、20年も経ってやっと立ち直れたという方もあります。医療の現場でも、後を追って自ら命を経つ人もあります。

気丈夫にしている人が悲嘆を先送りにしてしまっていたりすることを看取りの現場で経験します。残された者の感情の表出と共に生きて行こうとする家族や仲間、そして寄り添い続ける支援者が必要です。癒されるためには時間もかかるのです。

一家の大黒柱を失うと、経済的な生活基盤も失われることになります。震災では、家族も家も仕事も何もかも失った被災者が少なくありませんでした。地域の復興と言っても、いくつもの課題を背負いながらで、容易に進むものではありません。image

神はなぜこのような苦しみを私たちに与えられるのでしょうか。信仰の視点に立たない限り、その意味を簡単で見つけることはできません。『夜と霧』に著者ビクトール・フランクルは、それを超意味といっています。普通の意味では理解できないと思います。しかし、危機や試練を耐える中で、何にがしかの意味を私たちは見出していけるのではないでしょうか。配偶者に旅立たれて20年も経ってやっと立ち上がれた人は、主人が亡くなって、子供たちが一つになりました。一つになって私を支えてくれました、と話されていた。

2013年12月31日火曜日

生と死の医療現場で考えさせられたこと 30

「貧しい者」の内にある豊かさ

現場にいると、聖書が私たちに語っていることが深く理解できる機会が与えられます。その一つが貧しい者とのかかわりです。

imageある中年のがん患者の女性Pさんの病室を訪ねていたときがありました。当時、彼女は抗がん剤の治療の副作用で非常に苦しんでいました。すでに病気はかなり進行しており他の臓器にも転移していました。このまま抗がん剤治療を続けて果たしてよくなるのか、抗がん剤の副作用がさらに続いてそれに自分は耐えられるのか、それらへの不安を強くもっていた人でした。抗がん剤の副作用で苦しみ続けるより、もう死んでもよいから抗がん剤を止めてしまいたいとも語ったりしていました。しかし、それでも定期的に抗がん剤治療のために入院していました。

彼女はあるとき、人に勧められて知的障がい者の作業所に行ってみました。そこで知的障がい者の「純粋な心」に心打たれ、ボランティアとして通うようになりました。通っているうちに、作業所の職員からも信頼されて職員として来てほしいと言われるようになったのです。彼女はそれを受け入れて職員になりました。そのうちに抗がん剤投与で入院しても、以前のような不安の言葉と焦燥しきった表情は消えて行き、生き生きした姿を私たちに見せるようになったのです。彼女は、その作業所の人たちから、とくに知的障がい者から力をもらっていると、いつも語るようになりました。

Pimageさんが人に勧められて障がい者の作業所に行くのには勇気が必要だったと思います。頭の髪の毛は抜けているし、その他にも治療によるハンディキャップを背負っていました。普通であれば、こんな状態でそんなところに行ってもという気持ちになります。まして職員になってほしいという依頼を受けたときも、果たして自分に勤まるのかという思いもあったと思います。そのようなPさんを決心させたものは何だったのでしょうか。

まず彼女が語ってくれた知的障害者の作業所の人たちの「純粋な心」なのでしょう。普通に生きている者にはない心です。Pさん自身も今まで自分がもっていたものを喪失していく過程で、自分の死を意識しながら、ほんとうに自分のいのちを支えてくれるものを求めていたのではないでしょうか。Pさん自身の心も「純粋な心」に向かいつつあったと言えるのでしょう。

私自身も、釜が崎の日雇い労働者や大きな病気を背負っている人たちとのかかわりから、Pさんと同じような思いを経験してきました。確かに貧しい人々の中にも、自己中心的で欲の深い人もいます。けれども、Pさんが出会った知的障害者の作業所の人たちの純粋な心は、聖書が語る「打ち砕かれた心」の持ち主なのだと思います。そのような貧しい人との出会いに私たちは癒され、自分自身の実存も変容されて行くのです。

imageやがて入院する彼女の姿を見かけることが少なくなりました。あるとき院内でお会いしたとき、「今も障がい者の作業所に通っておられるのですか」と私から聞くと、「行ってますよ!」という答えでした。「お体の具合はいかがですか」と聞くと、「癌が消えてしまっています。先生からは完治しましたねと言われました。抗がん剤治療を止めていたのに。」という話でした。「ここまで乗り越えられた理由は何でしょうか、障がい者の作業所に通って、そこの人たちから力をもらわれたからでしょうか」と尋ねると、「もちろんそのことと、周りのみんなの支え、それから居場所があることかな」と話されたのでした。

貧しい人とのかかわり、周りのみんなの支え、それから居場所があることは、私たちの実存(生)がよりよいものになるためには
最も大事な必要条件ではないでしょうか。

2013年4月2日火曜日

生と死の医療現場で考えさせられたこと 27

医療現場と哲学

哲学というと、書斎で哲学の文献と向き合い、実践とはほど遠い無意味な哲学的議論や問題を探求していくものというイメージがありました。ところが、医療現場での種々の課題に応えるために哲学の役割が見直されるようになっています。

まず、患者から表出されるスピリチュルペインに対しての対応からです。哲学はものごとを根本から考えようとします。実際、ターミナルの現場では、患者自身から哲学的な問いかけ、自分の苦痛や存在に対する根拠を求める語りに出会います。たとえば、「なぜ、こんな病気になってしまったのか」、「この苦しみに意味があるのか」、「今までの人生に意味があったのか」というような問いかけです。

ケアの思想と対人援助―終末期医療と福祉の現場から信仰をもっている人は、信仰から答を得ようとします。しかし、現代の日本で宗教をもたない人が圧倒的に多い中、患者のスピリチュアルケアの領域で哲学的な根拠によってスピリチュアルペインに対応しようとする役割が大きくなりつつあります。村田久行氏が開発したスピリチュアルアセスメントシートは、日本のターミナルケアの現場で最もよく用いられているもので、哲学(とくに現象学)に根拠を置いています。村田理論として知られています。

次に医療現場の分析や問題の整理のためです。昔に比べ医療の質が高くなればなるほど、医療現場は複雑になってきています。一人の病人が立ち上がっていくために多職種の医療従事者の手を経ます。そのための協働や連携があります。また、安心、安全な医療を求める社会の声が大きく、それだけ医療現場に重圧がかかるような状況があります。

哲学は、概念を使って問題を分析しやすくします。医療を根本から考えるとともに、哲学的に問題を整理しながら医療現場の要請に応えようとしています。以前からは生命倫理や医療倫理など倫理学の個別分野で医療に哲学が入ってきていた。それが今日では臨床の場そのものに臨床哲学が入ってきています。医療の現場は、実証主義的です。具体的に実践の現場で実証されないようなものは尊重されません。臨床哲学は、そのような臨床の現場のニードに応えらようとするものです。

清水哲郎や鷲田清一らがいます。『医療現場に臨む哲学』の著者、清医療現場に臨む哲学水哲郎によれば、臨床哲学の役割は、言葉をもって実践の現場を記述し、分析し、整理する書記のようなものであると言います。さらに、看護論やケア論の場では現象学的看護論やケア論が研究され、まだ限定されていますが、多くの医療従事者から注目を受けています。

たとえば、交通事故などで植物状態にあるような患者の看護の現場でしっかりコミュニケーションをとっている看護師がいます。そのような看護師の働きをメルロ・ポンティの身体論的現象学を用いて分析し、現場のケア論に役立てようとする研究がなされています。この研究は『語りかける身体』というタイトルで、すでに出版されています。私も微力ながら、語りに見る自己超越について、現象学のケア論から研究を試みています。語りかける身体―看護ケアの現象学

2013年1月1日火曜日

生と死の医療現場で考えさせられたこと 26

主のご降誕と新年おめでとうございます。しばらく休ませていただいていたこのシリーズ、再開し、もうしばらく続けさせてもらいます。

「癒されるということ」

image現代ほど「癒される」という言葉が飛び交う時代はなかったのではないでしょうか。「癒し系」という言葉が十数年前からマスコミなどで飛び交いましたが、「安らぎ」を感じさせる人物に当てはめて使われていたようです。我々も、ちょっとした「優しさ」の言葉をかけられただけで、「癒された」という思いをもつことがあります。それだけ今の時代と社会が、人に緊張やストレスをもたらす状況にあると言えるでしょう。自分が「思っていること、考えていること、困っていること」などを聴いてもらえたとき、「癒された」という思いになる体験は、誰もがもっているのではないでしょうか。病人訪問をしていて、「聴いてもらえた」だけでありがたいという言葉を聞くことが、よくあります。

「語る」より前に「聴く」という姿勢が、相手に「癒し」を与えるのです。自分について「理解された」という体験は、「聴いてもらえた」よりも、さらにもっと「癒された」という体験を相手にもたらすことになります。

あるとき、一人の生活保護を受けていた患者を病室に訪ねたことがありました。ごく普通の訪問の仕方でしたが、その人は「私の訪問がとてもよかった」との感想を病院の投書箱に投書したのでした。私の想像ですが、多分私が釜ケ崎で過去に体験した学びから「貧しい人」の置かれている状況をごく自然に共感することができていた結果、相手の心に何がしかの「癒し」を与えることができたのではないかと思っています。ですから、アシジの聖フランシスコの「平和の祈り」にある「理解されるよりも理解することを」という言葉は、「キリストの愛にもとづく平和を築く積極的な道」が単に内面の課題としてだけでなく、実践的・体験的な課題として提示されているのかもしれません。

「救われる」という言葉には反発や違和感を抱く人々が少なくありません。しかし、「癒される」という言葉には共感をもつ人が現代では多いと言えます。「救われるは」という言葉は、「悪の道から救われる」、「信仰に救われる」、「人命が救われた」などの表現にあるように、倫理的な次元、宗教的体験の次元、危機的次元で苦しみから脱け出る意味で語られる。image

それに対して「癒される」は、「苦しみや痛みが治る」ことにも用いられるが、どちらかと言えば、「苦しみや痛みが和らげられる」ときに使われることが多いようです。ターミナルケアでの「癒されて旅立つ」という言葉には、この「苦しみや痛みが和らげられて旅立つ」という意味で使われているようです。

16世紀のフランスの医師、アンブロワーズ・バレの言葉に、「われ包帯し、神これを癒したもう」がある。病をほんとうに「癒す」のは医師ではなく、神が「癒す」と言うのである。医師は、神の協力者の立場であり、病人は医師と神の両者の働きによって「癒される」。このことは、人間の「いのち」が生物学的次元と宗教的次元にまたがるものであることを示しています。

現代は宗教的次元が著しく疎外されています。寧ろ人の「いのち」は、宗教的次元である「祈り」をとおして、「いのちの根源」である時空を超えた存在の「癒し」に結ばれるのではないでしょうか。時空を超えた存在に結ばれる「癒し」は、時間とともに消え去るはかないものでなく、聖書にある「キリストが与える平和」(ヨハネ14章27)に示されるような「世を超えた安らぎ」をもたらすのだと思います。

兄弟藤原 昭

2012年8月21日火曜日

生と死の医療現場で考えさせられたこと 25

「自死の問題」

自死行為を発見されて救急入院してくる人に時々出会います。同じ人が何度も自死行為に及ぶこともあります。今まで出会った事例では多くが薬物によるものでした。カルテに薬物中毒と書かれていたので初めは何の薬物中毒かなと思いました。自死行為から救急車で運ばれて来ても、すでに死亡されているケースもあります。最近は割腹行為によって救急入院した高齢者もありました。

マリア病院の中imageで自死行為に至った人が過去にあったことから、病院もその気配がある人には注意するようになっています。内閣府の『自殺統計白書』で、自死者の原因・動機別資料では、健康問題が原因・動機のトップになっています。次が経済・生活問題のようです。20代の若者では、死亡者のトップが自死者だそうです。

自死に至る人の苦しみには複合的にいくつもの理由が重なっているのでしょうが、健康問題が引き金になることが多いようです。治らないような病気を抱えて希望が断たれたときは、希死念慮の思いが出てきがちです。終末期などの危機的状況で、生活の質も著しく低下した患者から「死にたい」という言葉が出ることがありますが、そんなときは要注意です。

私がマリア病院に勤めた最初の頃には、糖尿病患者でインシュリン注射をしなければならないようになって、それを悲観して病院の誤解から飛び降りた患者がありました。その人が病気についての自分の思い込みで判断するのではなく、正しい知識をもっていれば防げたのではないかと思いました。 医師や医療従事者も、患者が正しい知識をもてるような説明と、その人が安心や納得できるような対応の仕方が大事なのでしょう。

私自身にも苦い体験があります。あるとき、何か私に相談したいふりをした人がいました。数日後自死に至ったことを聞いたときはショックで、なぜあのとき丁寧に相手の思いを聞けなかったのかと後悔しました。私もよく知っているキリスト者の死が自死だったと聞かされたときも、ショックでした。どうして、なぜ、という思いになりました。

image6月の日本パストラルケアカウンセリング協会の大会講演で、精神科医の平山正美氏が、空虚感、見捨てられ感をもった人が、認知の歪みや感情の不安定さ、対人関係機能障害や衝動コントロ-ルの欠如がある場合、その人にあった防衛(たとえば依存的とか、演技的とか、うつ的とか、躁的とか)が破綻すると、衝動性が露出してきて自傷行為に至ると説明されました。

平山先生はキリスト者の自死の問題についても触れられました。キリスト者は、人格であり「永遠の生命」に至る聖霊を心の内に宿していると同時に魂と身体をもつ存在である。精神を病むことによって、魂と身体の部分が物理的に殺されても、霊の部分、すなわち人格の部分は救われ癒されているはず。自死者の家族に対するスピリチュアルケアの基本は、援助者がこのことを家族に悟れるようにすることだと言われました。

7月に神戸で日本カトリック医療団体協議(カトリック医師会、カトリック看護協会、カトリック医療施設協会の合同集会)会の全国大会が開かれました。カトリック医師会の澤温氏は、精神科の救急医療もされている医師ですが、自死行為の可能性がある人をいろいろの場所で緊急的に受け止められるような体制があった方がよいと話されました。カトリック看護協会では、『ぶどう白書』という小冊子を作り、この小冊子を使って自死を思いとどまらせる取り組みを始めようとしていることが紹介されました。

2012年6月26日火曜日

生と死の医療現場で考えさせられたこと(24)

-医療現場で福音を伝える(4)

-医療従事者への働きかけ

私が病院でパストラルケアに携わるようになった当初、医師から何をしている人かな?という冷たい視線を向けられていたように思います。病院は科学の世界です。科学的価値にもとづく職業人からは、我々は異人なのかもしれません。

看護師には入職するとき、オリエンテーションでパストラルケアというimage部署があることは知らされていました。しかし、実際私たちが患者とどういう話をしているのか、どういう関わり方をしているのかを知らされていなかったのです。医師とも看護師ともコミュニケーションのないようなパストラルケアでした。看護師との関わりは、院内で亡くなられた方のためにお祈りを家族から依頼されたときとか、解剖があるときのお祈りとかに連絡しあったりする程度だったのです。

各病棟にシスターが配置できた時代は、シスターが福音的な看護について看護師にきめ細かく教えることができました。けれども、シスターの高齢化でそれもできなくなり、具体的に福音的な看護行為とかケアについて手をとり足取り教えることができる人がいなくなっていました。

病院全体の職員とは、毎月の妊婦さんの腹帯の祝別、12月のクリスマス、5月の聖母祭、11月の追悼式(病院で一年間に亡くなった人の慰霊祭)など、病院内のキリスト教的な行事において多少ともキリスト教的な雰囲気と価値観を職員に提示する程度のものでした。このような行事は、多少ともキリスト教的な雰囲気を病院に漂わすことには貢献していたと思います。

少しずつ病院内の課題が見えてくるにつれて、まず病院内のキリスト教的な行事をもっとよりよいものにするための見直しをしました。それから、福音的価値観の根幹を職員に理解してもらうために、全職員対象に「一日理念研修会」を年二回するようにしました。さらに、毎月聖堂で30分の「祈りの集い」を企画しました。テーマに沿って福音的な観点からお話し、合わせて一緒にお祈りをするというものです。

「一日理念研修会」は、シスターのところの「黙想の家」が廃止になりできなくなりましたが、「祈りの集い」は今も続いています。最初はわずかの出席者でしたが、現在は毎回平均50人程度、多いときは100人も出席します。

パストラルケアについては、ホスピス・緩和ケアが日本の医療界で受け入れられる時代になって大変助けられた思いです。日常的には、スピリチュアルケアという言葉が一般化しています。ただ、スピリチュアルケアという言葉は知られるようになったけれども、人間のスピリチュアリティについての理解はまだまだです。

imageわたし自身は、患者との関わりの話は病棟スタッフに知らせた方がよいと思う事柄は、カルテに書き込みます。医師はそれを見る時間はないようですが、看護師は見てくれているようです。病棟のカンファレンスにも出席して病棟とのコミュニケーションもとるようにしています。毎年2月の院内職員の研究発表会にも発表することがあります。今年は、「‘死についての言葉’が出るがん患者のケアに関する現象学的考察」というテーマでフッサールとハイデガーの現象学から発表しました。わずか15分の持ち時間で不完全な発表だと思いましたが、廊下で一人の医師から呼び止められ、「よく理解できました」とお礼を言われました。

一般的に医師は科学的な根拠付けの世界に生きる人です。いきなり宗教的、神学的根拠付けを語っても受け入れてもらえないと思います。科学は因果的な筋みちと、そのエビデンス(根拠ある医療)を大事にします。今回の体験で哲学的な筋みちからの考察と、そのエビデンスは受け入れてもらえそうに思いました。

2012年5月8日火曜日

生と死の医療現場で考えさせられたこと(23)

医療現場で福音を伝える (3)

-超越的なものとのかかわり

イエス・キリストの死と復活の出来事を病人に一方的に語っても意味のないことです。病人の思っていることや望んでいることを無視するようなかかわり方では信頼関係は生まれません。議論の場になってしまうことにもなります。昔から‘貧しい者に法を語るな’と言われてきました。イエス・キリストの宣教活動の業に見られたように‘癒し’への願いに応えていくことが病人とのかかわりの出発点だと思いました。ですから、福音を伝えるという私なりの取り組みは、福音を通して相手に‘癒imageし’を与える可能性がある場合から始まりました。やがて、死に逝くような人生の危機的状況にある患者と、その家族の‘いやしの業’に携わるうちに、相手が超越的なものを受け止められるときとそうでないときには、心の穏やかさが違ってくるという現象に出会いました。

このような現象は、死のような危機的状況では、近代の人間像に見られる自律的・合理的な価値観で乗り越えてことができないこと示していると思います。福音はイエス・キリストという人格的超越者を信じるということから関係性が生まれます。しかし、私たちが一方的に福音を宣伝し、宣言して相手が心底から信じられるのでしょうか。その前に相手の‘たましい’の渇きとか、‘たましい’の準備がなされていないと、神からの語りかけに応える人格的な関係は成立しないのではないでしょうか。

旧約時代のアブラハムの信じるという行為にも、‘たましい’の渇きとか、‘たましい’の準備がなされていたのではないでしょうか。生まれながら、そのような‘たましい’の準備がされている場合もあります。神からの語りかけである福音を信じるという行為そのものが、自律的・合理的思考の世界を超えているのです。

福音は、人格的超越者との関係だけでなく、超越的な価値との関係でもあります。生存競争に勝ち自己実現を達成していく世界ではないでしょう。安定した生活基盤より、さすらいの民であることを余儀なくされることにも価値を認める世界です。‘汝の敵へも愛せよ’、‘和解しなさい’という言葉が示すように、他者との関係も自分を超えて超越的な他者関係へと向かわせるものではないでしょうか。人が、たとえ同じような危機的状況に置かれても、皆が福音を信じて洗礼を受ける決意をして信仰共同体に入ることができるのではないと思います。

前回のお話で、洗礼を受ける決意をした女性には、過去の出会いや出来事の歴史をとおして、福音を信じるという‘たましい’の準備がなされてきたのではないかと私は解釈しています。また病を抱えるとimageいう危機体験が、自律的・合理的世界、生存競争と自己実現の世界の限界を知り、超越的存在との関係に向かわせしめたとも考えられます。そうした彼女の実存状況に神の霊が介入されて導かれたと言えるのではないでしょうか。

私にとって医療現場において福音を伝えるという業は、病人へのいやしの業に参与しながら、超越的な人格存在と超越的価値を受け止められる人を探し求めることが軸になっています。

2012年4月17日火曜日

生と死の医療現場で考えさせられたこと(22)

医療現場で福音を伝える (2)

私の勤めている姫路聖マリア病院は地域の中核病院の一つで360床の急性期の総合病院です。老健施設100床が併設されています。病院では、毎朝のミサの模様がすべての入院患者の消灯台に設置されているテレビに流されています。ミサのテレビ放送を見てミサに出席しようとする人がありますが、放送を見ている人がごく少数ですので実際にミサに出席する患者もわずかです。

新約聖書は病室にギデオン協会から寄贈されたものが置かれています。患者や家族が聖書を読んでおられることがあり、チャプレンが質問を受けたりすることもあります。そんなとき、それぞれの方に合った説明をするようにしています。けれども、そのような機会があることも非常に少ないのが現状です。

カトリックの雑誌も病院のロビーや外来の待合室や病棟の談話室には置かれています。読んでいる方の姿をよく見かけます。単なる診察前などの時間つぶしなのかもしれません。その雑誌を読んでいる外来患者からキリスト教について質問を受けたりしたことはありませんでした。ただ一日700人以上の外来患者があるわけですから、カトリックの考え方について地域の人々にある程度知らせることには貢献していると思います。マリア病院は姫路で知らない人がないぐらいよく知られています。医療活動をとおして地域に証することだけでなく、言葉をとおしてもどう証ししていくかの課題は残されています。

病院とのつながりがきっかけで洗礼を受ける人もあります。しかし、数から言えばごくわずかです。その場合も、その人の歴史においてほとんどそれ以前に何らかのキリスト教とのつながりがあったり、家族がキリスト者であったりすることが多いのです。洗礼とは、たましいに渇きをおぼえている人が、神の霊に導かれる関係から成り立つものです。どちらも欠かすことはできません。福音をつたえる人は、この両者の僕の役割を果たす人ではないでしょうか。

一人のある若い女性が大学を卒業する一週間前に難病を発病して治療のため病院を転院するうちに私たちの病院にも入院したことがありました。シスターとの出会いもあってカトリックの洗礼を受けたいという表明があり、私が入門講座をして彼女に洗礼を授けました。洗礼式には、高校生のときからプロテスタントの教会に行っていたつながりで、その教会の牧師も出席してくださいました。その後彼女は10年間病院を転々とする闘病生活の末に神のもとに召されてしまいました。回復の夢はかないませんでしたが、今は神さまのもとでの幸福をいただいていると思います。

2012年3月20日火曜日

「生と死の医療現場で考えさせられたこと」 21

医療現場で福音を伝える (1)

司祭としてチャプレンとして、病院で日々働く中での自分の姿勢を語ってみたいと思います。

毎日、主として患者の精神的な面、それもスピリチュアルな領域のケアに従事することで直接患者に福音を伝えることがありますかと聞かれたなら、正直言ってあまりないと言えます。それには理由があります。

一つは、現代世界の価値観が多元化していることです。価値観が多元化する中で、これがほんとうの価値であるとか、これこそが絶対的であるとは言いにくい雰囲気が現代社会にはあります。一人ひとりが見出していくものという考え方が非常に強いのではないでしょうか。とくに医療現場では、患者の権利と自律の尊重が重視される時代です。人間は本来自由であるという認識と、過去の時代のパターナリズム(家長主義)的な医療、すなわち権威主義的な医療者側と患者の関係の反省から来るものです。

30年~40年前までは、患者は病院にお世話になっているという負い目意識から医療者側には自分の思いや考えを強く出せないという雰囲気がありました。今日それが大きく変化し、医療者と患者の関係が恩恵的関係から契約的関係になってきていると思います。昔は、チャプレンの宗教者が患者の病室を訪ねたとき、私のところには来てほしくないとあからさまに言う患者は少なかったのではないでしょうか。まして欧米からの宣教師が訪ねて来たとき、直接的に福音的なことを話されていても拒否的な態度を示す患者も少なかったと思います。

二つ目は、日本人の宗教に向き合う姿勢からです。今日では、宗教者であれば来てほしくないという最初から断られるときがあります。癌が進行しているある患者を私が訪ねたことで、「死を準備するように促されたのではないかと思った、来てほしくない。」と、その患者が後で看護師に伝えたことがありました。キリスト教的文化がその基盤にある欧米では、このような患者では反対の反応、むしろ宗教者の訪問を求めることが多いのではないでしょうか。十数年前、ある国立大学の医学生がアメリカにホスピスの研修に行った時、末期がん患者の宗教に対する反応が、日本とでは大きく異なることに驚いたという記事を読んだことがありました。アメリカは患者の権利や自律を最も尊重する国ですが、宗教的価値観も強く表に現れる国です。

病院で一人ひとりの患者とかかわるときは、宗教的なことは出さず、まず相手の価値観を尊重して相手の悩みや苦しみに共感的に傾聴するようにしています。アシジのフランシスコが非キリスト教国に行く兄弟たちに提示した宣教方法に近いものです(勅書によって裁可されていない会則16章、回教徒および非キリスト教徒のもとに行く兄弟たちについて)。もちろん、患者の方から私が宗教者かどうか聞かれたときは、宗教者であることをはっきり言います。まして聖書やキリスト教について質問を受けたりするときは、積極的にこちらから福音について話すようにしています。

2011年12月6日火曜日

「生と死の医療現場で考えさせられたこと」20

チーム医療について

医療現場は一昔前に比べ大きな変化が見られます。その一つがチームで医療を推進させようという動きです。患者中心の医療を目指し、医療の質を高めるためです。

現代の多くの病院では、患者を中心に医師、看護師、薬剤師、栄養士、MSW(ソーシャルワーカー)、理学療法士など専門性の異なる多職種間で協働(連携するという意味)するという形で運営されつつあります。これにキリスト教系病院などではチャプレンが、緩和ケア・ホスピスでは臨床心理士やボランティアも入ります。さらに、病院外の関係医療機関(開業医、訪問看護、ヘルパーなど)との協働まで含みます。このようなチームは多職種チーム(multidisciplinary team)と呼ばれます。

一人の患者にとってそのときそのときの心配事やニードは変化します。あるときには医療費のことでMSWの介入が必要になり、あるときには食事管理のことで栄養士の指導が求められ、あるときには理学療法士によるリハビリが始まります。病人の心配事やニードに対して全体的に応えることによって病院は患者の信頼を得ることが出来るのです。キーワードは連携という言葉です。

もう一つのチームに合同チーム(interdisciplinary team)があります。このチームではカンファレンスを開き、リーダーの医師を中心にそれぞれの多職種のメンバーがそれぞれの専門領域からの意見を交換し合い、患者にとってどのような治療やケアが望ましいか、QOL(生活の質)向上に向けて何が求められているかなどを話し合います。すでに緩和ケア・ホスピスや一部の癌治療の現場で実践されています。

このチームでは医師はチームメンバーの意見を謙虚に聴く耳をもち、患者にとって今何が最善かを判断できる高い見識をもたなければなりません。他のメンバーも医師の指示を待っているのではなく、必要ならば自らリーダーシップをとって自分から意見を言ってチームに働きかけるべきだとされています。

チームは問題解決に関しては単なる共同体組織よりもずっと効果的です。アメリカのがん治療の最先端の病院では、カンファレンスにこだわらないで電話でのコミュニケーションで患者の最善なことを決めることもできるようにしているようです。日本の組織は会議が多く、会議をしないとコミュニケーションがとれない傾向があるのではないでしょうか。

チームを築いていくための必要な要件は、「問題の明確化」、「問題の共有化」、問題解決への「行動の積み重ね」、チームメンバー間の「信頼関係と支え合い」だとされています。

これに対して障害となる要件は、チームの中での力関係、すなわち「パワーバランス」が偏っているときです。リーダーシップをとるメンバーの決定権などが強すぎるとパワーバランスが崩れて他者に心を開きにくい雰囲気が生じます。それと、多職種にはそれぞれの専門領域の価値観や文化があって他に対して排他的になったりする場合です。自分の現場から問題に取り組めば取り組むほど、周りがみえなくなったりすることがあるのではないでしょうか。

2011年10月4日火曜日

「生と死の医療現場で考えさせられたこと」19

臨床パストラルケアから臨床スピリチュアルケアへ

私が臨床パストラルケアについて関心をもつようになったのは、以前このシリーズで語ったように病気体験がきっかけでした。実際、臨床パストラルケアを学ぼうとする人の中には、私と同じように自分や家族の病気体験、司牧者であれば病者との関わりがきっかけになっていることが少なくありません。

臨床パストラル・カウンセリングはアメリカのプロテスタントを中心に発展しカトリック教会に波及しました。プロテスタントでは「ゆるしの秘跡」や「病者の塗油」がないことが、かえって臨床パストラル・カウンセリングの発展を促したと思います。逆に、カトリックでは心理学やカウンセリングに対して消極的に、時には否定的になりました。1990年代になって臨床パストラルケアやスピリチュアルケアが日本でも話題に上がるようになりました。ホスピスが誕生し発展したことが大きなきっかけでした。

さらにWHO(世界保健機関)が健康の定義に「スピリチュアル」という言葉を入れるかどうかを、1998年の総会の議題にあげたことが日本の医療界に影響を与えました。それ以来、患者(病者)の全人的視点(身体的、心理的、社会的、スピリチュアルな側面)に無理解だった医療界も動くようになりました。今日、スピリチュアルケアに関してはカトリック教会よりずっと前を進んでいると思います。この動きは、それまで臨床パストラルケアと呼んでいたキリスト教系の団体やグループにも影響を与え、臨床スピリチュアルケアという名称変えるところが多くなってきています。パストラルケアという言葉を残しているとすれば、求められればいつでも宗教的ケアができますという意味です。

スピリチュアルケアは、一言でいえば患者中心です。前提なしに患者の世界に入っていきます。パストラルケアも患者中心と言ますが、前提にケアに携わる者のキリスト教的人間観があります。スピリチュアルケアはこれからの福音宣教を考える上でも避けて通ることができない時代の変化の現れです。

臨床パストラルケアや臨床スピリチュアルケアに関しての主な活動団体を次にあげてみます。関心のある方はインターネットにアクセスしてみてください。

●NPO臨床パストラル教育研修センター http://pastoralcare.jp/

●日本パストラルケアカウンセリング協会
181-0015
東京都三鷹市大沢3-10-20ルーテル学院大学内
TEL 0422-31-7830
FAX 0422-31-7830
プロテスタントとカトリックの聖職者を対象にしています。私はここで臨床パストラルカウンセラーの資格を受けました。

●臨床スピリチュアルケア研究会
http://www.eonet.ne.jp/~cowcat/index.htm

●NPO対人援助・スピリチュアルケア研究会
http://sp-c.umin.jp/

●NPO日本スピルチュルケアワーカー協会
http://www.jscwa.com/

 

2011年8月2日火曜日

生と死の医療現場で考えさせられたこと 18

苦難を抱えることの意味(私自身の人生から)

人が自分の人生を振り返って他者に語ることは意味のあることです。簡単には語りつくせないことに気づきます。人生には多くの出来事があり、一つの出来事にもいくつかの見方があるからです。しかし、人生の体験を言葉で表現して他者に語るたびに、過去の体験の理解も深まっていきます。それを聴く者も、語る人への理解を深めます。医療という臨床の現場で病者の語りを聴くうちにそのことを思っていました。今回は、私自身が自分の人生を振り返って、私の体験から「苦難を抱えることの意味」を語ってみたいと思います。
人生を振り返ってみて、大きく二つの苦難を抱えてきました。一つは、幼少のときからからだが弱かったことです。現在も病気(腎臓病)という重荷を抱え、日々の体調管理、食事管理に苦労しています。もう一つは、人生のしっかりした土台である人間存在の根拠をもっていなかったことです。児童期から青年への成長期、貧しさを克服し、より安定した豊かさを獲得するという当時の時代精神の中で育ちました。私自身が育った家庭環境も、両親の考え方もその中にあったということです。ですから、迷いながら、人生の根拠を問いながら歩んできたと思います。

若いとき、ゲーテやニーチェの本を好んで読みました。中学から高校、高校から大学への受験に失敗し落ち込みがちでした。ゲーテやニーチェの言葉からは、「人間は努力するかぎり迷うものである。絶望体験がないなら、その人の人生には深みがない。絶えず自分を超えていくことが大事。」ということを教えられました。人は挫折体験から、自分の「道」を真剣に探します。そんなとき、行くつもりがなかった高校がミッションスクールだったことから、卒業してから聖書を読むようになりました。結局23歳のとき洗礼を受けました。

洗礼を決意したときの言葉が「来てごらん。そうすれば分かるであろう(ヨハネ1章39)」で、フランシスコ会に入会するまでの私の苦難を支えた言葉が「わたしは、あなたの苦難や貧しさを知っている。だが、本当はあなたは豊かなのだ(黙示録2章9)」でした。

20歳のとき風邪をこじらせてリユウマチ熱で数カ月入院して一度死にかけました。ある医師との出会いが私を回復に向かわせました。神から与えられた恵みでした。その後はずっと元気でした。しかし、十数年前腎臓病になって、とうとう腎臓の機能は回復しませんでした。

人は病気になると、苦難を背負います。肉体的苦痛が大きい場合、人はわがままになり、自分の感情をむき出しにしたりしてしまいます。私もそんなときがやがて来るのではないかと思ったりします。でも、それは、しかたがないことなのかもしれません。多くの病人と関わってきて、病気がそうさせるのだと思います。初めから強い人はいません。神さまも寛大なまなざしを注いでくださるのではないでしょうか。

しかし一方、以前からフランシスコの「あまりにも、熱心に薬を願ったり、霊魂の敵でありすみやかに死ぬべき肉を病気から解放したいと望み過ぎたりしないように(勅書によって裁可されていないもう一つの会則の断片72)」という言葉が与えられていました。病気に対しても、神の望まれるように望むということです。

キリスト者にとって最高の価値がキリストの十字架に結ばれることなら、私自身にも「今の自分を超えていくように」と語られているようです。こうして自分の人生を振り返ってみると。苦難を引き受けて行く人生をとおして、神さまがご自身をこの世界に現されていくように思えてなりません。

2011年6月21日火曜日

生と死の医療現場で考えさせられたこと 17

苦難を抱えることの意味

ある難病を抱える方の病室を訪問して退室しようとしたとき、「もし神が存在するなら、こんな苦しみを与えるはずがないでしょう!」と言われました。何も言葉を返せないで退室したことを思い出します。

人が死に至る病や、非常に大きな苦しみをもたらす病気を抱えるとき、「なぜ、こんな苦しみが!」、「なぜ、自分だけが!」といったような問いかけが生まれます。難病を抱えたこの方のような訴え方も、苦難を抱える人からよく表出される言葉です。人生の危機的緊急事態に直面すると、私たちは「何とかせねば・・」とその対応に追われます。

その後、時間が少し経ってくると、このような「なぜ」という問いが心の中に湧き上がってきます。苦しみの根拠や意味を求めるからです。しかし、苦難の状況を嘆かないで、「なるようにしかならない」、「起こってしまったことはしかたない」と言い、そのような状況をそのまま受け止めることで、苦難に対処しようとする人も現実にあります。苦難に対する反応も人によって異なってきます。それまでその人がもっていた価値観が関係しているのではないでしょうか。

病院の小児科や産科で赤ちゃんが、出産前、あるいは出産後しばらくして亡くなることがありました。このようなケースで、両親の悲嘆、とくに若い母親の悲嘆は決して小さくはありません。お母さんにとっては、大切なわが子を失うことになるからです。

悲嘆を後々にずっと引きずる場合もあります。家族にとっては、楽しい家庭を夢見ていたのに、神さまが「なぜ、赤ちゃんに普通の人生を与えてくれなかったのか」という思いも出てきます。こんなとき、聖堂で小さなお祈りをしてからご家族をお見送りしました。

祈りの中では、聖書の短い箇所を読み、簡単なコメントを付けました。旧約聖書の「知恵の書」をよく使いました。若くして亡くなった人について、「実は神がその人の命を天に移されたのだ」という記述の箇所があるからです。

新約聖書では、キリストが「人のいのちの復活」について語っている箇所に触れて、人間のいのちが死を超えた神のいのちにつながっていることを話しました。また「たとえ、赤ちゃんと両親との生活がわずかな日々であったけれど、その生涯は長生きした人に負けない意味をもっていたかもしれない!」というようなことも話すこともありました。

『夜と霧』の著者フランクルの考え方に沿ったものです。そのようなコメントに対して、反発や疑問を投げかける言葉が返ってきたことはありませんでした。人間は希望を求めるとともに、意味を求める存在ではないでしょうか。私たちが苦難に意味を見出すと、どんな苦難にも耐えることができるとフランクルは言います。

私たちは日常、何かに意味や価値を見出しながら生きています。しかし、苦難を抱え込む中で無意味感に襲われます。そこから脱出するために「新しい意味や価値」を見出そうともがきます。その向こうに新しい希望を見つけようとします。苦難を抱え込む中で、いつの間にか「自分を超える」作業をしているのです。

最近、朝日新聞でフランクルに関しての連載がありました。フランクルの苦難に対する意味論的な考え方は、今日の医療現場のケアでも使われています。次回は私自身の苦難について語ってみたいと思います。

2011年4月26日火曜日

生と死の医療現場で考えさせられたこと 16

支えること、支えられること

あの3月11の大震災から一カ月半が経ちました。何もかも失ってしまった方が多い中で、家族や親しい人を突然亡くした方々は、とくにその悲しみが一層よみがえるころと思われます。「不自由でストレスが溜まる避難所・避難先での生活、いつまで続くのか」と思いながらの日々を送られている方々。いつ終わるとも分からない原発の不安の日々。ちょっとした他人の親切、やさしい言葉にも励まされながら、「会社を、地域を、教会を復興させるために頑張りたいという気持をもっている方。

一方、「なぜ、自分だけが生き残ったのだろうか」、「これから家族のために生きようと思っていたのに、何もしてあげられなかった」と、辛い思いの日々の方もあるでしょう。被災者の日々の世界は、私たちのような普通に生きている者の世界とは全く異なっています。

この一カ月半、支援活動は緊急支援と医療従事者が支援する活動が中心でした。復興をめざして、徐々にボランティアなどの支援者の活動も受け入れる態勢が整えられていくと思います。たしかに今、お金(義援金)は役立ちます。

でも、「人を支える・・・」とは、「人に支えられる・・・」とは、どういうことなのでしょうか。ほんとうに支えることはできるのでしょうか。そんなことを考えながら、私たちも支援者のお仲間に入れさせてもらえたらと思います。

「病人を支える」ということでも、決して簡単ではないということを医療現場で痛感させられていました。支えられる者と支える人のよい関係とは、どういう関係でしょうか。支えられる人の思いや、その人の見えない部分を理解し配慮することは非常に難しいのです。病院でもいろいろの職種の人が一人の病人に関わります。それでも、すれ違うことがあります。

まず、距離のもち方が大事なようにも思います。あるときは近づいてみたり、あるときは離れてみたり。被災者が、支援者に語ってくださるときを「待つ」という忍耐が必要です。苦しむ人、悲しむ人の感受性は敏感になっています。ですから、苦しむ人、悲しむ人の感受性に寄り添える人たち、すなわち同じように苦しみ、悲しんできた人たちに心と言葉を最初に向けます。しかし、やがて徐々に慰められ、そうでない者にも語ってくださるときが来るのではないでしょうか。そんなときが来ることを希望したいと思います。

そんな思いで‘支援者の祈り’を作ってみました。

支援者の祈り

主よ、私たちに被災者を支援する道を気づかせてください。
私たちの心の闇を照らし、見えるものとしてください。
あなたは、のどの渇いている者に水一杯でも与えてくれる人
をお忘れになりません。
道端で売られている一匹の雀のいのちにも心を配られる方です。
どうかそのようなあなたの霊を私たちにも分け与えてください。
あなたの霊に照らされ、あなたの霊に励まされ、あなたの霊に
強められ、被災された苦しむ人、悲しむ人々と関わることがで
きますように。

主キリストによって、アーメン。

2011年4月12日火曜日

生と死の医療現場で考えさせられたこと 15

大震災の危機が続く中で祈る

今も東日本大震災の危機は続いているのではないでしょうか。3月11日は、教会の四旬節が始まった2日後でした。あれから一カ月、危機は第二段階に移行しています。ほとんどの被災者たちは、「頑張らねば、」と思いつつ、「自分たちの無力さ」に打ちひしがれています。

家も仕事も、妻も夫も、親も子供も、兄弟も友人も、地域の人々も何もかも失ってしまって。何も残っていない。家族を助けることができなかった自責の念、葬儀もしてあげられない辛さ。

行方不明の家族が生きていてほしい、生きているかもしれないという希望。原発事故による放射能汚染の中で暮らす人々の不安、普通の生活を奪われ、これからどうして生活したらよいのか分からない日々。原発事故に対応のあたる人々の危険と、立ちはだかる多くの困難。とても言葉にならない数々です。「この状態で何ができるの」と思いつつも立ち上がろうとする人々が、大勢います。

被災者たちの思いに寄り添いつつ、先週に続き、拙い小さな祈りを作ってみました。

・震災で家族を亡くした方々のために

すべての人の父である神さま

主イエスは十字架上で苦しみ、私たちと同じように死を味わわれました。

そしてよみがえり、復活して、あなたのもとで私たちのためにとりなしておられます。

震災で亡くなったすべての人々のために祈ります。
彼らがあなたのみ国であなたの安息のもとに憩い、
復活の恵みを受けることができますように。

私たちの母であるマリアさま
十字架上のイエスの傍らで、たたずみ、祈り続けられました。
震災で亡くなった人々のためにどうかお祈りください。
主キリストによって、アーメン。

・被災から立ちあがろうとする人々とともに

あわれみ深い父なる神さま、
震災の出来事に打ちひしがれ、無力を感じる人々と共にいてください。

主イエスも十字架上で無力なご自分を経験されました。この人々を癒し、支えてくださいますように。

無力さにあっても「立ち上がろう」とする人々も力づけてください。

私たちも四旬節中、主の十字架を思いつつ、祈り続けることができますように。

主キリストによって、アーメン。

2011年4月5日火曜日

生と死の医療現場で考えさせられたこと 14

危機の中で祈る

東日本震災の被害の大きさに息をのむばかりです。危機的状況です。これからも次々と報道で被災者の苦しみ、問題、課題が明らかにされ、その情報が押し寄せてくるでしょう。

ひさしぶりに数日前に病気と障がいをもって施設に入所されている単身者の知人からメールをもらいました。多くの重荷を背負って生きておられる方です。しかし、今回は、津波・地震・原発事故で被災された人々のことばかり書かれていました。

震災後すぐ、福島原発事故の現場作業リーダーがパプテスト教会の信者で、知人の知人から「必死の祈り」を依頼され、自分も毎日「必死に祈っている」と書かれていました。原発事故現場で作業にあたる人々が放射能の危険から守られ、放射能の流出が食い止められるようにということです。

それだけではありません。カトリック信者としてイエズス会鎌倉黙想の家の英神父さんの呼びかけのノベナ、三つの意向で祈っている毎日ということでした。

このメールを見て私自身と、私たちの共同体が「情けない」と思わされているところです。この方にくらべ、あまりにも反応が鈍いように思います。私たち日本人一人ひとりが、共同体が狭い考え方や思いから脱け出るように神さまから語りかけられているようにおもいます。

10年間、「いのち」の危機にある人々とばかり毎日関わってきました。危機にある人と、その家族の苦しみと問題は大きすぎて、すぐに言葉化できず、情報も伝わりにくいことが、しばしばです。そのことを思い起こしながら小さな祈りを作ってみました。

・地震・津波の被災者のために

あわれみ深い神さま、
東日本震災であまりにも多くの人々が大切な人を失いました。今も避難生活を多くの人々が余儀なくされています。どうか彼らの言葉にならないほどの数々の悲しみ、欠乏や不自由、困難と不安を少しでもやわらげてください。イエスとあなたの母、あなたの多くの兄弟たちはすでに彼らのために祈り、働いておられます。私たちも一緒に祈り、働くものとさせてください。支援する人々もあなたによってどうか守られますように。
主イエス・キリストによって アーメン

・原発事故で苦しむ人々のために

いつくしみ深い神さま
この度の原発事故で、今あまりに多くの人々が放射能の危険にさらされています。危険地域からの避難と移住を余儀なくされるだけでなく、避難すらできない人々も少なくありません。どうか彼らを助けてください、どうか守ってください。事故の対応に働くすべての人々も放射能の危険から守ってください。数々の危険の中で働く方々の必死の努力が報われますように。私たちにもこの危機的状況にできることを気づかせてください。
主イエスキリストによって アーメン

・家族が行方不明の人々のために

すべての人々の父である神さま、
いまだ、この震災で、一万五千人以上の人々が行方不明、あるいは安否不明です、家族の方々の心配、言葉にならないこの思いをかえりみてください。どうか彼らの心配、思いに寄り添ってください。必死に家族を探す人々を助けてください。私たちも彼らのために祈ります。少しでも多くの人々が無事でありますように。
主イエス・キリストによって アーメン

2011年2月9日水曜日

生と死の医療現場で考えさせられたこと 13

気晴らし、趣味をもつことの大切さ

長期療養を余儀なくされ、重い病を抱えた病人は、行動範囲が著しく制限され、歩くことも禁止されたりする場合が少なくありません。病気によっては、身動きさえもできず、寝たきりになるときもあります。そんな場合、何か気分転換をして心理的圧迫感から解放されようとしても、簡単に適当な気分を晴らせるものをなかなか見つけられません。

あるとき、血液疾患で長期に入院されていた70代前半の婦人を病室へ訪ねていたことがありました。服用している薬の関係で、感染症になりやすく、転倒による骨折の危険性からもあり、医師より歩かないようにと言われていました。

その女性にとって生活のすべてがベット上という狭い空間のみでした。生活空間がベット上だけでは、「気晴らし」になるものがなかなか見つけられません。テレビを見ることにも興味がわかず、絶えず「情けない」という言葉がしばしばその方の口から出ました。「情けない」という言葉には、家族にも迷惑をかけているという意味が含まれていました。
病棟スタッフがいろいろと、こんなことをしてみたら「気晴らし」になるのではと働きかけても、気持ちが向かないという様子でした。手芸のようなことをしてみたらと勧められたことがありました。やってみても長続きしませんでした。

私も、それまでの人生の歩みを聞かせていただくことから何か本人が興味をもてるものを引き出せるかなと思い、かかわってみました。しかし、わたしの力量不足もあったと思いますが、何も「気晴らし」になるようなものを引き出せませんでした。人間が健康なとき「気晴らし」は見つけやすいと思います。

臨床での経験からは、むしろ病気になったときこそ重要と思うようになりました。元気なときは、ストレスを抱えていても、食べることとか何かを見つけることはできます。けれども、生活空間はじめ生活が著しく制限されるときは、「気晴らし」を見つけることが非常に困難になります。そのようなときでも、上手に「気晴らし」を見つけられる病人は、普段から「趣味」をもったり生活上の小さなことにも「楽しみ」を見出している人でした。

フランスの哲学者パスカルは「パンセ」の中で、人間は子供のときから要求されることが多いので「気晴らし」なしには生きていけないというようなことを言っていたと思います。人間は病気になっても別の面で自分に要求される事柄が多くなります。生活のすべてがベット上という狭い空間でも、「気晴らし」ができるような「趣味」や生活の技術を、元気なときから身につけておきたいものです。

2010年12月21日火曜日

生と死の医療現場で考えさせられたこと 12

現代・日本人のスピリチュアリティについて思うこと

現代にスピリチュアルブームという一つの現象が見られます。ホスピス病棟という現場で、10年間チャプレンとしてスピリチュアルケアに携わった経験から率直な感想を述べてみたいと思います。

ホスピス病棟では、スピリチュアルケアについてカンファレンスで病棟スタッフがお互いの情報や意見を交換します。一人ひとりのケアの方向性は、チャプレンの私の見解を参考に病棟全体で決めます。チャプレンが存在しない一般の緩和ケア病棟では、患者・家族と頻繁にかかわる看護師の見解が、もっとも大きな比重をもちます。そのため看護の分野でスピリチュアルケアを学ぶ人が増えています。

医療現場では、患者の価値観をまず尊重することが大前提で、そこからがスタートです。患者の口から表出されるスピリチュアリティの内容に、一人ひとりの価値観、考え方の違いが現れます。病院が大都市型か地方型か、ケアが緩和ケア病棟型かホスピス型かでも現れ方が違ってくると思います。しかし、どこでも共通して今の日本のスピリチュアリティの特徴が現れてくるとも考えられます。

現場で宗教的ケア中心に関わった事例は、そんなに多くありません。神や信仰について話してほしいと頼まれたことはありますが、少なかったと言えます。このことは、人々に宗教意識が存在しないことを意味しません。また、キリスト教のような超越的な存在と人格的つながりをもつ宗教の意味がないということでもありません。宗教心は、お正月の初詣とか、お盆やお彼岸への墓参などに見られる先祖供養、死後は先に亡くなった家族と会えるというような伝統的宗教意識があるということです。

それと、宗教そのものへの警戒感、ある意味で既成宗教への不信も隠れているようです。このシリーズで以前触れたように、「人生の生き方」を真剣に考えようとする人は増えてきています。世界や社会に現れる現象に、人々は先行きに不安を感じているのではないでしょうか。

とりあえず、病気になったときのことだけは、考えておこうということになります。彼らの多くは、家族に再び目を向け、「自分らしさ」を取り戻そうとします。それだけ、この二つの面が疎外されているのでしょうか。ホスピスではこの二つが、自分のスピリチュアリティの課題だと意識する人が多いのです。

終末期患者の多くは、心の揺れ動きを経験しながら、やがて「死」を受け止めて逝かれます。そんな中で、比較的平静に受け止める人が存在します。ある著名なホスピス医師は、過去の人生で「小さな死」を積み重ねた人が、そのような平静さを持てる人ではないかと言われたことがありました。私も、どうもそのように思います。この世に大きな足跡を残せない、この世から忘れ去られていくような庶民にこのような人々が少なくないことに感動しました。

「小さな死」とは、人生の出来事や出会い、日々の仕事、とくに試練と向き合いながら、「自分自身に死ぬ」ことです。『夜と霧』の著者フランクルが言う、「人生自身の方から問いかけてくる」ことに耳を傾けることです。「狭い思いの自分」でなく、自分と「内なる真実の自己」との関係性であり、他者との向き合い方、かかわり方でもあります。自分を超えた大いなる存在(神や仏、自然や宇宙のいのち)との関係性にもつながります。

ある人にとっては、親の背中を思い出すことであり、ある人にとっては、昔からの「諺」に見られるような知恵に感動することでもあります。また、何気ない他人の言葉に促されることもあるのではないでしょうか。

2010年11月16日火曜日

生と死の医療現場で考えさせられたこと 11

スピリチュアルケアについて

あるとき、一人の60歳代前半のターミナルの患者、Aさんが入院されたときのことです。病室を訪問すると、不安な表情で、何かを話したいような様子であったので、私から「今のお気持ちはいかがですか」と聞きました。そうすると、「実は、自分は学生時代にキリスト教で洗礼を受けた。けれども、卒業してからは全く教会には行ってない。病気になったのもそのせいかなと思ってしまう」というようなお話でした。私が、「キリスト教の信仰は残っていますか」と問い返すと、「全くない」ということでした。私から、あなたは、自分には今信仰は残っていないと言われました。

しかし、聖書において語られる神は、私たちに赦しを与えてくださる方です。この病院にも聖堂があります。そこに一度行ってみられたらどうでしょうか」と提案してみました。Aさんは、病棟スタッフに案内されて車椅子で聖堂に行かれました。聖堂から戻られてからは少し気持ちが落ち着かれたような様子でした。その後、残念ながら、聖堂に行かれたときのことをお聞きするチャンスを持てないままにAさんとの関わりは終わりました。

果たして、Aさんのような告白に対して、私のあのような返し方がベターであったかどうか分かりません。しかし、大きな病気をもった人が、Aさんが言葉にしたような罪責感というスピリチュアルペインを経験することはよくあることだと思います。

スピリチュアルペイン、スピリチュアルケアは終末期医療のケアに伴う医療現場の経験から指摘され広まったものです。一つの理念がまずあって、そこから指摘され広まったものではありません。

WHO(世界保健機間)も、「スピリチュアル(霊的)とは、人間として生きることに関連した経験的一側面であり、身体感覚的な現象を超越して得た体験を現す言葉である」と言っています。また、「多くの人々にとって、生きていることがもつスピリチュアルな側面には宗教的な因子が含まれているが、スピリチュアルは宗教的と同じ意味ではない」とも言っています。そのため、宗教的ケアとスピリチュアルケアは重なる部分もあるが、基本的には違うものとして区別されます。

Aさんのような事例は宗教的ケアでなくスピリチュアルケアからかかわるべきものと思われます。なぜなら、自分には信仰は今残っていないと言われるからです。スピリチュアルとは、すべての人間の存在の根源にあるもの、すなわち人生の意味や目的、存在の根拠に関係するものと言えます。人生の危機に、日常隠れていたものが露わになるのです。この面の学術的な研究も盛んになってきています。しかし、医療現場では、まだスピリチュアルペイン、スピリチュアルケアの共通理解は出来てはいません。

スピリチュアルケアは終末期医療だけでなく、今日適応領域が広がり、がん治療、救急医療、心身医学、そして老人福祉をはじめとする社会福祉、子育ての領域にまで広がりつつあります。